和氣 優

和氣 優

農と音の二毛作

  • 「太陽で育ち、月で実る」 農は生き方であり、暮らしであり、スタイルであり、愛です。 春から秋は宇宙農による古代米「縄文米」作り。 秋から春は全国100箇所以上の縄文米を売りながらのライブツアー。 それが和気優の人生。 農FUTURE!
  • 太陽で育ち、月で実る 和気優は自然農法(宇宙農)の農家であり、シンガー/ミュージシャンです。 和気の1年は、春から秋にかけては縄文米を栽培する百姓、秋から春は縄文米を売りながら全国をライヴツアーするミュージシャンとして、農と音の二毛作で成り立っています。 「縄文米」とは、古代米4種類(黒米、赤米、緑米、イセヒカリ)のミックス玄米です。 「太陽で育ち、月で実る」 植物は太陽の光合成で育ち、月の力で実るものなんです。 それは和気の農における信念。 自然は宇宙の営みにより生かされている。 人も同じ。自然に逆らわず、謙虚に向き合えば、農は必ず豊かな恵みをもたらしてくれる。 農と音 和気はこう考えます。 音楽も農も「ライヴ」が大切なんだと。 ツアー会場では自作の自然栽培米「縄文米」も物販されます。 一粒一粒に思いの詰まった米を誰かに託して売るなんて絶対にしたくない。 だから、顔の見えるライヴ会場で一人一人に「手渡し」していきたい。 そこで見る笑顔こそが、百姓にとってのライヴそのものなんだと思うのです。 殆どの農家は一番大切な部分を業者に託してしまっている。 自分の育てた野菜や米を誰が食べているのかも知らない。 買ってくれた人たちから「美味しかった!」のレスポンスも受けられない。 悲しいことじゃないですか。 和気は音楽と農の融合を、一番ダイナミックで楽しい瞬間を、ライヴという形で具現化しました。 農ある暮らしの磨き上げ 東日本大震災以降、東京に限界を感じていました。 2015年、縁もゆかりもない土地でしたが「カフェ付きの住居が借りられる」それだけの理由で大分県臼杵市へ家族とともに移住してきました。 すぐに農地を探します。 近所に1.5ヘクタールの耕作放棄地を見つけました(現在は2ヘクタール)木が14本生えていましたが、数年かけ一人で開墾しました。 縄文ファームの誕生、農ある暮らしの始まりです。 今では縄文ファームのワークショップに県外から200人以上が訪れるまでに発展しました。 暮らしの中に「農」を取り入れると、今まで感じてきた世の中への「矛盾」が、ほどけるように外れていくのです。 まず、食べるものを自ら育てよう。 次に家の手直し、そして着るもの、更にエネルギー、などなど、、 磨き上げは続きます。 しかし、それらは生活に蔓延(はびこ)る、環境と直結している問題でもあるのです。 その一つ一つを少しずつ変えていく。 それが「農ある暮らしの磨き上げ」です。 和気優のライヴを通じて、農ある暮らしの磨き上げを実践する人たちが増えています。 バイオグラフィー 幼少期の和気優 1964年:栃木県氏家町(現さくら市)に生まれる。 父親は暴力団幹部、絶えず刑務所暮らし。 母親は覚醒剤中毒、10歳まで親の顔を知らずに育つ。 和気優本人も補導逮捕を繰り返すが、音楽に救われる。 1984年:20歳で上京、音楽で身を立てることを決意。 ミュージシャンとしての和気優 1993年:シンガー&バンドリーダーのJACK KNIFEでメジャーデビュー 1995年:アメリカデビュー 渋谷のストリートに2,000人集めてのゲリラライヴやセゾンカードなどのタイアップ多数。 渋谷公会堂、日比谷野外音楽堂のワンマンコンサート 1996年:ソロとしてジャニーズのTOKIOに、2枚のシングル楽曲提供。 「フラれて元気」70万枚セール 「この指とまれ!」20万枚セール 1999年から10年以上、少年院をバイクで廻るツアーを敢行、その少年院で農業と出会う。 百姓としての和気優 2003年:千葉流山に水田を借りて、有機米の栽培を始める。 2008年:有機栽培からさらにステージの高い、無肥料無農薬の自然栽培へと移行する。 2009年:東京下北沢に「農民カフェ」をオープン 2011年:東日本大震災を経て、農こそが暮らしの復興の切り札であると、オーガニックマルシェや被災農家支援のプロジェクトを開始。 2015年:大分県臼杵市に移住、農民カフェ臼杵店をオープンさせ、本格的に自然栽培米の作付けに入る。 2017年:耕作放棄地の開墾により1.5ヘクタールの「縄文ファーム」誕生。 2017年:軽トラで全都道府県100箇所ツアー始まる。物販で縄文米販売。 2020年:縄文ファームで栽培していた在来の真菰から「種(ワイルドライス )」が収穫される。 2022年:縄文ファーム2ヘクタールに拡張。縄文米の委託栽培も開始。

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